ながさきプレスWEBマガジン

  • Vol.16 江崎べっ甲店のべっ甲のかんざし

     黄色、というよりも“黄金色”と呼ぶにふさわしい、つややかな肌。気が遠くなるほど、緻密で繊細な細工。光に透かせばうっとりとせずにはいられない、その上品な輝き…。江戸時代、丸山の花街を往く遊女たちも、このかんざしの美しさに、魅せられただろうか―。

     長崎市・魚の町にある〈江崎べっ甲店〉は、世襲9代・300年以上の歴史を誇るべっ甲細工店。技術の発祥は中国で、日本には江戸時代に伝わった。鎖国時代、長崎は日本で唯一、べっ甲の原料を手に入れられたため、細工の技術が発達したそうだ。べっ甲の原料は、南洋諸島やカリブ海などに生息するウミガメ、「玳瑁(タイマイ)」の甲羅。べっ甲と言われて思い浮かぶ、黄色と茶色のまだら模様は主に背側の甲羅で、意外にも上物とされるのは、希少価値の高い腹側の甲羅を使った、黄一色のものだとか。

     現在、江崎べっ甲店にいる職人は8名。最も長い方で、50年以上この道一筋だという。細工の工程は分業で、各工程ごとに熟練した職人が腕を振るう。まずは作る物の図案に合わせた、生地選び。色や厚みも千差万別の甲羅を、模様の入り方などを計算しながら選んでゆく。一見、一枚の甲羅でできているように見えるべっ甲だが、実は何枚もの甲羅を重ね、厚みを出している。その際の接着に必要なものは、なんと水と熱のみ。「万力」と呼ばれる機械に重ねた生地を挟み、熱を加えて圧着するのだ。接着のみならず、カーブなどの形をつけるのも、全て「熱」。べっ甲細工が、別名「水と熱の芸術」と呼ばれる所以だ。作業台のかたわらには炭火が置かれ、道具を温めながら作業する姿が印象的。熱しすぎれば生地が焦げ、熱が足りなければ接着がはがれてしまう…熱のかけ方は、職人の“勘”だけが頼りだ。

     生地の次は、彫り。歯科技工士が使う機械や、一本一本、使いやすいように加工したオリジナルの彫刻刀を使って、繊細な模様を丁寧に彫り上げてゆく。失敗の許されない緊張感に、思わず「すごい…」ともらすと「そこで失敗せんとが、職人たい」と笑う皆さん。最後に磨きをかけた瞬間―ここまで関わった全ての職人の技が結集した合図のように、きらりと小気味良く、べっ甲が輝いた。

    江崎べっ甲店
    店の建物は、国指定・登録有形文化財。店内にはべっ甲資料館も併設し、職人さんの作業風景の見学も可能。
    長崎市魚の町7-13 TEL:095-821-0328 9:00~17:00 無休 Pあり
    http://www.ezaki-bekko-ten.co.jp

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