ながさきプレスWEBマガジン

  • Vol.28 瑠璃庵の長崎びいどろ

    長崎びいどろ。
    そのかつての輝きを求めて

     江戸~明治前期にかけ、日本でつくられたガラス=和ガラスは、その時代“びいどろ”と呼ばれていた。ポルトガル語でガラスを意味する“Vidro”がその語源。とりわけ、中国の製法を起源とし、17世紀後期から長崎で製作が始まったガラスは“長崎びいどろ”と呼ばれ、その美しさで全国の人々を魅了したそうだ。

     長崎奉行所に残る記録によれば、1670年には既に長崎に存在したという“びいどろ吹き”。今なお、長崎のおみやげもの屋さんをのぞけば、“ビードロ”や“ポッペン”と名付けられた、ガラス細工の玩具が並び、その文化と歴史が受け継がれているように見えるが…。残念ながら、長崎でのガラスづくりは衰退してしまっているのが現実だ。

     そんな中、かつての長崎びいどろを目指し、時を越えて吹きガラスづくりに励む二人のびいどろ吹きがいる。工房〈瑠璃庵〉の竹田克人さんと、その息子であり2代目の礼人さんだ。30年前に工房を構えて以来、江戸期の作品の復刻などを行いつつ、新しい作品づくりにも意欲的に取り組んできた。

     そもそもガラスは、石英を成分とする“珪砂(けいさ/けいしゃ)”が原料で、この珪砂にソーダ石灰や鉛を加えて溶かすとガラスになる。ガラスの色を左右するのは、ガラスに混ぜ合わせる金属分。瑠璃色には“コバルト”の金属を用いるそうで、こうした原料の調合もオリジナルだそう。ちなみに、最も高価な色は赤。調合する金属は、“金”だ。

     〈瑠璃庵〉では24時間、透明と瑠璃色、2色のガラスを溶かした炉を稼動し続けている。その温度、約1,100度。夏場ともなれば、炉の熱だけで汗が滴る環境だ。

     「さて、作ってみましょうか」と、長い吹き棹(さお)を手に礼人さんが炉に向かう。窯から真っ赤に発光するガラスを巻き取り、手早く、しかし慎重に棹を回し、ゆっくりと息を吹き込んでゆく。「時間との勝負です」と、礼人さん。ガラスが冷めないうちに吹き、再び炉で温め、更に吹き…と繰り返すと、あっという間にチロリの本体の輪郭が浮かび上がった。飴細工のようにガラスをくにゃりと曲げて取っ手をつける。いよいよ注ぎ口だ。熱い熱いガラスの種を本体にそっと押し付けると、息つく間もなく、首になる部分をグイーンッと引っ張り上げる。口を切り落とすパチンッという音が耳に入った時には、既にチロリの姿があった。ぽーっと華麗な手さばきに見惚れている間に、出来上がったチロリ。時間にして、ものの15分程だったが、「ここまで来るのに20年かかりました」と礼人さん。「昔は10個作って、1個しか成功しない時もあったんですよ」と、ガラス職人の道の厳しさを語る。礼人さん、そして克人さん、そして今は亡き先人の“びいどろ吹き”たち…。脈々と受け継がれる「長崎びいどろ」が、ここに息づいている。

    瑠璃庵 るりあん
    長崎市松が枝町5-11 TEL:095-827-0737
    http://www.rurian.com/
    ※吹きガラスやステンドグラスづくり体験も可能。
    見学・体験については事前に問い合わせを。

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