ながさきプレスWEBマガジン

  • 第27回 「花菖蒲が彩る、城下町・大村をぶらり。」

    花と歴史のまち・大村 花菖蒲の季節です

     六月。梅雨。今年も、すっきりとしない空模様が続く季節がやってきた。昔はこの季節が苦手で、空と心はつながっているのか、どんより気が滅入ることも多かったけれど、最近は雨の日も悪くない、と思えるようになってきた。しとしとと降る雨音を聴きながら、静かな部屋で本を読んだりお茶を飲む時間はとても幸せだし、お気に入りのレインブーツで街を歩くのも愉快。それに雨の日の方が、目に映る緑が濃く、色鮮やかなのだ。“湿気を帯びたさま”にも、“情緒のある落ち着いた様子”にも、私たちは“しっとり”という言葉を用いるけれど、この湿った質感や雰囲気、肌ざわりの中に美を見い出す感覚は、とても日本人らしいなぁ…と想う。谷崎潤一郎に『陰影礼賛』という本もあるけれど…陰や暗さの中にある美しさに気がつくと、雨の日の愉しみも増えるのかもしれない。
     さて、前置きが長くなってしまったが、今月の旅先は大村。かつての大村藩の「玖島城」跡を活かして作られた大村公園で、5月下旬~6月中旬の間、満開に咲く花菖蒲を楽しむことができるのだ。その数、171種類・約10万株・およそ30万本! 紫や白に色づく花菖蒲と、城跡の石垣が織り成す風景はとても風情があり、まさに“しっとり”と、大人の雰囲気。今回は花に彩られた大村公園と、大村の歴史にまつわる隠れた名スポット「寺島」を、大村市観光振興課の渡司さん、大村市市史編さん室の大野さんと共に歩いた。

    歴史のロマンが香る 伝説の島・「寺島」へ

     まず最初に向かったのは、大村公園から車で5分程の場所にある「寺島」。大村湾に浮かぶ、一周歩いて5分ほどの小さな島で、大村藩主であった大村氏の先祖・藤原直澄(なおずみ)(藤原純友の孫)が、994年、初めて大村に上陸したという伝説の地だ。現在、島は「市杵嶋(いちきしま)神社」として周辺の住民に親しまれ、その神秘的な雰囲気やロケーションから、NHKドラマ『龍馬伝』のロケ地に使われるなど、知る人ぞ知る、歴史スポットとなっている。「藤原直澄が上陸した、というのはあくまで伝説だと思います。大村市のルーツは、今なお専門家の意見が分かれるテーマなんです」と大野さん。「ですが、大村氏が大村の地を統治してゆくためには、確固たる出自の歴史の正統性を示す必要があった。伝説であっても“必要とされた”んですね。真偽はともかく、そうした伝説が生まれた背景に視点を向けると、面白いですよね」。ええ、ええ、面白いです!(キラキラの目で・笑)
    「ここからは玖島城が見え、長崎空港が見え、大村の海も山も一望できる。大村の風景の縮図のようで、この風景が大好きなんです」とお二人。大村湾の穏やかな海を眺めながら、語りつくせぬ歴史のロマンに思いを馳せた。

    城の名残と、美しい花と。大村公園の見どころ

     さて、寺島を後にして大村公園へ。国指定の天然記念物「大村神社のオオムラザクラ」など、桜の名所として有名なので、お花見で訪れたことがある方も多いだろう。
     「玖島城」が築城されたのは1599年。大村藩の初代藩主・大村喜前(よしあき)が、朝鮮出兵の際の教訓を活かし、三方を海に囲まれたここ玖島に城を構えたとされる。以来幕末まで270年近く大村氏の居城となり、城下町も栄えた。海に面した城ということで、全国的にも珍しい「御船蔵(おふなぐら)」のほか、「新蔵波止(しんぐらはと)」といった海運に関する施設も見どころ。城を廻る石垣も当時の状態で残っており、城の片鱗を見つけながら、公園を散策するのも楽しい。
     そうそう、大村公園を語るには外せない人物がいる。1842年に大村藩士として生まれた、長岡安平だ。彼は大村公園はもちろんのこと、全国各地の近代公園を設計した、日本人初の“公園デザイナー”。明治から大正期にいたる造園技術の第一人者でもあり、日本の数々の城跡を公園に作り変えたのも安平だそう。学生時代に暮らしていた、富山県高岡市にも「高岡古城公園」という城跡の公園があり、それも安平が手がけたものと知って、思いがけないつながりに嬉しくなった。学校をサボって(笑)、よくお散歩にでかけていたあの気持ちのいい公園が、大村公園とこんな形でつながるなんて…!
     大村公園の桜は、安平が1884年に東京から千個の種を持ち帰り、植えたのがはじまりだそう。造園家の視点から、花と緑のあふれる公園を作り続けた安平の想いが、今、この公園で過ごす穏やかなひとときを作ってくれているのだと思うと感慨深い。
     これからの季節、“雨だからこそ”より雰囲気の増す場所へおでかけするのも一興。しっとりと水の滴る花菖蒲も、また、うっとりするほど美しく、情感豊かな風景を見せてくれるはず。

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