ながさきプレス

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第24回 「島原のおひなさまに会いに」

女の子のお祭り 「桃の節句」

 3月といえば、桃の節句。三寒四温、厳しい寒さも少しずつ和らぎ、桃も桜もほころんで、待たれるのはやわらかな光満ちる春。そんな季節に、女の子のお祭りとは…むふふ、すてき。我が家には残念ながら、立派な五段飾りはなかったけれど、友だちの家でおひなさまを見たり、学校の給食にひなあられが出たり(懐かしい!)、そんなささいな〝女の子のトクベツ〟が、なんだか嬉しかったものだ。
 桃の節句は本来、「上巳(じょうし)の節句」と言い、陰暦3月の最初の巳(み)の日を指すもの。1月7日の「人日(じんじつ)」、5月5日の「端午(たんご)」、7月7日の「七夕(しちせき)」、9月9日の「重陽(ちょうよう)」と並ぶ、季節の節目の行事「五節句」のひとつだ。「節句」はもともと、奈良・平安時代頃に中国から伝わったとされ、日本に伝来してから、少しずつ独自の形式へ変化したと言われている。
 古来、中国では上巳の日に川で身を清める禊の習慣があり、日本ではそれが、やがて草や紙で作った人形(ひとがた)を川に流し、厄を祓う「流し雛」という風習へ変化した。と同時に、平安時代、京の貴族の間では「ひいな遊び」と呼ばれるお人形遊びが盛んで、この「流し雛」と「ひいな遊び」が自然に結びつき、現在のひなまつりの原型になったと考えられている。当初は貴族の間だけの風習だったが、やがて武家にも広まり、江戸時代中~後期には女の子の祝いの儀式として、庶民の間にも定着していったようだ。(※時代・起源には諸説あり)
 というわけで前置きが長くなってしまったが、今回は今年で開催10回目を迎えた「島原城下ひなめぐり」へ! 島原温泉観光協会の田浦さんと共に、おひなさまで彩られた城下町を歩いた。

かわい、たのし、 おひなさまいろいろ

 「島原城下ひなめぐり」は、毎年1月末~3月初旬にかけて開催されるイベント。期間中は商店街のお店のショーウィンドウに、各家々のおひさなまが飾られ、週末には甘酒やお茶菓子の振る舞い、人間ひな行列(!)といった催しで、街を盛り上げる。
 最初に訪れたのは、島原のランドマークでもある〈島原城〉。天守閣内の展示場に、島原藩10代藩主・松平忠精(ただきよ)公の夫人・真鏡院ゆかりのひな人形が飾られているほか、〈島原城観光復興記念館〉でも多数のひな人形が展示されている。「ひな人形」と一口に言っても、その顔や形、作り方などは実にさまざま。作られた時代によっても趣が異なり、自分好みのおひなさまを探すだけでも楽しい。中でも島原では、「押し絵雛」と呼ばれる、厚紙に布を貼り付けてつくる、独特のひな人形が。実物を見たのは初めてだったのだが、厚紙と布の間に綿をつめてあるため、想像していたよりも立体的!一体一体の表情や服装、持ち物なども細かく見ると、その時代の文化や風俗まで見えるようで面白い。会場は心なしか、女性が多い模様。やっぱりおひなさまに心ときめくのは、断然女の人なのかしら?あちこちで「かわいい~っ!」という黄色い声が飛び交っていた。

おひなさまに込められた 想いにふれて

 さあ、お次は城を離れて城下町へ。島原城のすぐふもとにある〈カフェ・マーシャ〉さんで、約100年前の押し絵雛や400年前の島原城天守閣の柱を見学したり、〈しまばら水屋敷〉さんで「ひなみくじ」付のかんざらしセットを食したり。のーんびり、どこか懐かしい島原の雰囲気を楽しみながら、商店街を歩いてゆく。電気屋さんやら、洋服やさんやら、お肉やさんやらの店先に、おひなさまが飾られている様子はちょっぴりフシギ(笑)。でも、まち全体で「ひなめぐり」というイベントを作り上げようとする感じが、何ともぬくもりや人情味に溢れていていい。
 最後に訪ねたのは、〈白山履物店〉という昔ながらの履物屋さん。実はこの店の店主・白山の、曽祖父である白山藤四郎さんの妻・サダさんの押し絵雛が、島原の押し絵雛のルーツなのだという!それを裏付けるように、〈白山履物店〉には明治~昭和の初め頃まで作られていた「押し絵雛」や貴重な原画が、多数遺されている。普段はあまり目にできない、押し絵雛の裏側を見せてもらうと、そこには古新聞が貼り付けられていた。「どこの家でも、段飾りの豪華なひな人形を出せたわけじゃないからね。代わりにこうして、紙やはぎれの布で作った手作りの人形が生まれたんでしょう」と、白山さん。豪華なものは出せなくとも、女の子の初節句を祝うため、工夫を凝らして作られた押し絵雛。それはきっと、どんなおひなさまよりも特別で、嬉しいものだったに違いない。
 おひなさまに込められた想いにふれ、しみじみと心あたたまる「島原城下ひなめぐり」。春の気配を感じつつ、ぶらり、歩いてみてはいかがでしょう。

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