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  • 長崎歴史ノート 第九回「長崎くんち」

    くんちが、他の秋祭りとは性格が違う、

    長崎ならではの深いワケ

     

    ある時、全長崎町人が
    その義務を負うことに

    10月7・8・9日に繰り広げられる諏訪神社の秋の大祭、長崎くんち。そこで奉納踊りを披露する踊町の稽古始めである小屋入りは、6月1日です。つまり、6、7、8、9の4カ月間稽古して、10月の本番に臨むわけです。近頃はこの小屋入りを待たずして春あたりから自主トレと称した走りこみをする根曳衆もいたりして、いったい、どれだけ準備期間をかけているのだ!?と驚かされます。

     

    先日、そんな長崎くんち好きばかりで飲んでいるときに誰かがいみじくも言いました。「日本の秋祭りといえば、ふつうは収穫祭。長い農作業を終えて収穫を祝い、普段は鍬を持つ手に年に一度、笛を持ってピーヒャララ。しかし長崎くんちはまったく違う」と。

     

    確かに、そもそもの成り立ちからしてそんな牧歌的なものではありません。1571(元亀2)年の開港以来連綿と続いていた、キリシタンと神仏を拝む人々の勢力争いの中で、1634(寛永11)年、長崎奉行は全長崎町人を諏訪神社の氏子とし、諏訪神事を長崎の神事と認定。そうして長崎くんちで奉納踊りを演じるのは長崎町人の義務となりました。つまり複数の宗教がせめぎ合う長崎ならではの政治的な思惑が濃厚です。だから衣装の披露をする庭見せは「うちはキリシタンにあらず」と家の奥まで見せる意味もあるんだし、ある年にキリシタンから石を投げられて妨害されたことから、神輿はキリシタンのいない安全ルートを通ることが決められたなんて話もあります。

     

    その起源に長崎奉行がからんでいるから、旧奉行と新奉行が必ず並んで参観するのもお約束。

     

    交易に来た中国人やオランダ人がくんちを見物する様子も描かれていたりして、交流都市に必要不可欠なエンターテインメントという一面もありました。

     

    『長崎くんち考』(大田由紀著)をめくっていると、そんな起源から知られざる秘話まで、表も裏もしっかり書いてあります。昔のくんちをタイムスリップで見てみたいなら『秘蔵!長崎くんち絵巻~崎陽諏訪明神祭祀図』。1800年頃の豪華絢爛なくんち行列と、それを見守る町人たちの様子が細かく描かれて興味津々です。

     

    7年に1回という
    絶妙な時間感覚

    奉納踊りには大金がかかることと、踊町は7年に1回しか順番が回ってこないことは、ニワトリとタマゴのようなもの。お金がかかるから7年に1回しかできないのか、7年に1回しか出られないからお金をたっぷりかけるのか。衣装は正絹やちりめんのあつらえで、傘鉾や船の上には特注のびーどろ、長崎刺繍がほどこされた幕。そんな文化財級のあれこれを太陽の下で間近に堪能できるのも「ならでは」なお楽しみ。

     

    見物する側はカメラ片手にうろうろしながら、もう片手には『長崎游学6「もってこーい」長崎くんち入門百科』が定番でしょう。各踊町の出し物と傘鉾の魅力や祭り全体の見どころが丹念に書き込まれています。

     

    「くんちの時はよか男、普段はただのおじさんだけどね」とは、私が町っ子の知人を紹介するときの定番フレーズ。のぼせやすい長崎人は7年に1回ほめるくらいでちょうどいい。ああそうか、それで7年に1度なんだわ、きっと。

     

    熱狂の3日間が終わり、路面電車が曲がる時の「ピーッ」という音が、くんちのシャギリの高音に聞こえる「ソラミミシャギリ」を感じ始めると、長崎は、ようやく静かな秋が訪れます。寂しいですか? 大丈夫、あと半年もすれば翌年のくんちの小屋入りですから……!

     

    長崎カレンダーは、くんち前と、

    くんち後のハーフ&ハーフ

    文・川良 真理

    〈長崎文献社〉副編集長。
    中通りの〈長崎文献社〉アンテナショップ書店「ブック船長」にも時々出没します。

    もっと知りたい
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