ながさきプレスWEBマガジン

  • 第11回 「有明のまちをあるく」

    情緒ある古いまちに隠された、歴史の面影をさがして…

     県内各地の名所を訪ねるふらり旅も、気がつけば10回を超えた。車で通りかかることはあっても、わざわざきちんと訪ねたことはなかった場所。名前だけは知っていても、詳しいことは何も知らなかった場所。長崎ならいつでもいけるからと後回しにしてきた場所…。みなさんにも、思い当たるふしがあるのではないだろうか。「地元民が意外と、地元のことを知らない。」それは往々にしてあること。けれども、改めてまじまじと我が町のことを見つめると…これが本当におもしろい!自分の無知に気づかされつつも、他にはないトクベツな「長崎」を知るたびに、何だか誇らしいような、嬉しいような…そんな気持ちにさせられるのだ。
     前置きが長くなったが、10回の旅をして感じることがある。それは長崎という場所が、「キリスト教」と切っても切り離せない深い縁・歴史を持つということだ。なにも教会に行かなくてもいい。むしろ、お寺でキリスト教とのつながりが浮かんできたり、「日本的」だと思っていた街並みや文化の中から、まるで秘密の暗号のようにキリスト教の影を見つけるのだ。今回旅した南島原市・有家町も、やはりキリスト教の歴史無くしては語れない場所。そんなことを頭のかたすみに置きつつ、ふらり、有家のまちを歩いた。 

    吉田屋さんと歩く 有家のまち

    有家には、昔ながらの古い蔵や民家が多く残っており、それらを活かして例年2月に、「蔵めぐり」のイベントが開催されている。全国でも数少ない「はねぎ搾り」という製法を受け継ぎ、酒づくりを行う酒蔵〈吉田屋〉さんを中心に、全部で5つの蔵とまち全体が協力し合って、7年ほど前からイベントを続けてきた。今回の旅では、そんな吉田屋の4代目・吉田嘉明さんにお願いし、有家のまちを案内してもらうことに。蔵めぐりの〈壱之蔵〉である吉田屋さんをスタート地点に、雄大な普賢岳を望みつつ、有家のまちをめぐった。 そろばん恵比寿

    道ゆけば 地蔵にであう 有家かな

    …なんて、一句詠んでしまうほど、有家のまちにはお地蔵さまが多い。辻という辻でお地蔵さまに出会うといった具合で、灯篭や石碑、恵比須さまの姿も。と、吉田さんがひとつの恵比須さまの前で足を止める。「恵比須さまといえば、釣竿に鯛でしょう?でも、有家の恵比須さまが持っているのは、そろばんなんですよ。」…そ、そろばん?「一説には、このそろばんの目が、十字を切っているのではないかという伝えもあります。ちょっと珍しいですよね。」 大谷山 専念寺  南島原はその昔、キリシタン大名・有馬晴信が統治したキリスト教ゆかりの地。天正年間(1573~1592年)には九州における布教の中心地として教区が置かれ、立派な教会やセミナリヨ(神学校)も、この有家に存在したのだという。しかしキリスト教弾圧が始まり状況は一変。度重なる弾圧や重い税金に苦しんだ、キリスト教徒や島原の百姓らが「島原の乱」を起こしたのち、有家からは民が消え、土地も荒廃した。「そんな状況の中で、人々の心の拠り所とすべく、幕府によって作られたのがこの〈専念寺〉なんですよ」と、吉田さん。気がつけば目の前に、立派なお寺が見えていた。本堂の前には、樹齢350年を誇る槙(まき)の木もあった。

    参之蔵、弐之蔵、そして温泉神社へ…

     専念寺から少し歩き、〈参之蔵・喜代屋商店〉へ。大正7年の創業以来、味噌や醤油をつくり続けている蔵だ。名物は何といっても「しょうゆソフト」!ほんのり茶色がかったソフトクリームは、キャラメルのような不思議な味わいで、(ちょっと寒いけれど)美味。喜代屋さんのすぐそばには、〈弐之蔵・浦川酒造〉が。明治・大正・昭和と、少しずつ年代を追って建てられた蔵は趣深く、特に立派な中庭の眺めはお見事!「蔵めぐり」のイベント時には、おひなさまが飾られるそうだ。 温泉神社  参之蔵、弐之蔵をあとにし、次は地元の人が「お四面さん」と呼び親しむ、〈温泉神社〉へ。「ここの神社の裏には、こんなものがあるんですよ」と吉田さんについて境内の裏手にまわると、無残に壊れた無数の石造物が…。実はこれ、有馬晴信のキリスト教推進政策のもとで破壊された、仏教の建造物や石造物の残骸たちで、この神社の境内から出土したのだという。こんな場所にも、歴史の中の1ページが刻まれているのだ…。

    さらば、有家のまち。 次はほんとうの「蔵めぐり」で

    と、そうこうしているうちにあっという間に旅のタイムリミットが近づく。泣く泣く歩調を速めて、〈四之蔵・ヤマコメ醸造〉へ向かった。 こちらの名物は「あごだし」。焼きあご本来の風味が活きる、自慢の逸品だ。昭和33年に、天草の小学校の解体後の廃材をリサイクルして建てたという工場や、屋敷を取り囲む立派な塀など、建物としての見所も多い。 四之蔵のそばには、有家のお地蔵さまの中でもひと際目立つ、通称「化粧地蔵さま」もいらっしゃるので、お見逃しなきよう。
    化粧地蔵さま  最後は少し離れた場所にある、島原そうめんの蔵〈五之蔵・ふるせ〉へ。蔵めぐりの中では新しい店構えで、伝統の技に現代の技術を上手く取り入れながら、麺づくりを行っている。有家ではそうめんのほかに、とうふやこんにゃく、味噌、醤油、染め物などのお店を何軒も見かけた。雲仙山麓の「水」の恵みが、暮らしを支えてきたことをうかがわせる。本当に面白いまちだったのに、最後は急ぎ足になってしまったことがとても残念…2月の蔵めぐりで、もう一度訪ねるのもいいかな。

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