ながさきプレス

来て 見て 食べて 楽しい長崎

プレイバックながさきプレス:【創刊号】昭和63年(1988)


ながさきプレスが創刊されたのは1988年12月。そして翌1989年1月8日に元号が「平成」に改められました。つまり、ながさきプレスの歩んできた歴史は、“ほぼ”「平成」の時代なのです。2019年5月に「令和」と改元され、日本も、長崎も、そしてながさきプレスもまた新たな時代へと第1歩を踏み出します。
新しい時代へと進むいま、「平成」とプレスの歩んできた道のりを、少しだけ振り返ってみましょう。

【創刊】昭和63年(1988)12月号

この年は、ソウルオリンピックで柔道の斉藤仁選手や水泳・背泳ぎで金メダルを取った鈴木大地選手らが大活躍!鈴木選手と言えば、諫早市に彼の名前からとった「大地記念プール」もあるので、身近に感じますよね。流行語には「おたく」や「セクハラ」など、今の世相にもつながるワードも多く、まさに平成夜明け前といった時期だったのでしょうか。長崎では、中国人学校「長崎華僑時中小学校」が、83年もの歴史を閉じ、現在の「長崎国際コンベンション」の前身である「 長崎コンベンションビューロー」が発足しています。

 

昭和63年(1988)12月月号〈創刊号〉

「ネオタウンマガジン宣言」「ながさきプレスは雑誌です。情報誌では、ありません。〈ながさきプレス〉の目指しているのは、もっとグレードの高い本格的な雑誌です。」と始まる衝撃の創刊号。「日本の出版文化発祥の地・長崎で、とびきりの雑誌をつくりたい」という熱い思いがあふれる雑誌として、ここに発刊が始まった。

 

1988年。そして1989年、7日間だけの昭和64年。
昭和の終わりと平成ビギンズナイト

ながさきプレスが誕生した1988年12月。その翌月には昭和天皇が崩御し、昭和から平成へ改元します。年が明けてすぐの改元だったので、昭和64年はたった7日間だけ。「昭和64年」の硬貨を見ると、今でも胸が高鳴るのは私だけでしょうか……。

次回からは元号が「平成」に突入!
いよいよ「平成」とともに歩んだ「ながさきプレス」の歴史を振り返っていきますよ。お楽しみに!

 

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「プレイバックながさきプレス」本誌×WEBの連動企画!
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ながさきプレス4月号掲載
「プレイバックながさきプレス」vol.1
1988~1989

 

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